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二〇〇一年九月十一日からおよそ半年が経った。米国の内外の状況は、「テロリズム」直後から今まで大いに変わってきたようにみえる。そこで何がおこったのか。反米テロリズムは米国の政治的・軍事的・経済的権力を象徴する三カ所に向けられていた。市民の犠牲者は数千人に及び、米国民は死者を悼んで団結し、テロリストたちへの復讐を誓った。政府は「反テロリズム戦争」を宣言し、国際的な世論は、そういう反応を理解し、支持した。その後にアフガニスタン戦争が続く。しかしブッシュ政権の「反テロリズム戦争」には初めから不明瞭な点もあった。
ドイツの代表的週刊紙(Die Zeit二月十四日)には、「イラク攻撃は誤った時期に誤った理由で行われる誤った戦争になるだろう」という記事があらわれ、フイッシャー外相は同盟国に相談しないで始めた戦争に協力を求める米国を砒判し、「連合国の一員であることは衛星国を意昧しない」と言った。フランスではヴェドゥリーヌ外相が米国政府の考え方を現実の「単純化」ときめつけ、中立的な新聞(Le Monde二月十二日)が「米国の頭はおかしく(fous)なったのか」と題する論文を載せた。
もう少しおだやかな表現ではあるが、その後イラク攻撃に反対しているのは、国連事務総長から中国やロシアを含めてサウデイアラビア政府にまで及んでいる。朝鮮半島での戦争には韓国・中国・ロシアが反対し、イランについてはアフガニスタン暫定政権がテロリズムとは何の関係もないと言う。このような国際的世論に対し、米国の政府は今までのところ何らの反応も示していないようにみえる(ユニラテラリズム)。それどころか軍事予算を大幅に増大し、特定七カ国(中・口、「悪の枢軸」三カ国、シリア、リビア)に対する先制核攻撃をも合めての「核戦略の見直し」(NPR)さえ準傭している、という(三月九日付ロサンゼルス・タイムズ、十日および十一日付朝日新聞)。
しかし事態がここまで来ると、米国内にも、国際的世論と呼応して政府の戦争政策に対する強い批判があらわれ始めた。批判者はもはや外国人でも、例外的な個人でもなく、米国人であり大新聞のコラムニストや代表的政策研究機関の研究員などである。彼らの意見が今後普及してゆくとすれば――まだ確かではないが、九月十一日の半年後に、米国の反応の第三期が始まった、と書えるだろう。たとえばニューヨーク・タイムズは「核武装したならず者としてのアメリカ」という題を掲げた杜説を次の文章で結んでいた(ヘラルド朝日、三月十三日付掲載)。「核兵器はただ兵器庫に加えるもう一つの武器というようなものではない。それを使用するための敷居を低くするのは向こう見ずの愚行である」と。「愚行(folly)の語は、半年前には誰も使わなかったろう。三カ月前からはヨーロッパ人が使うようになった。今では米国人が米国政府の政策について使う―ということは、米国が愚行から脱出する一条の光が見えてきたということかもしれない。