「死んだ小鳥をもつ少女」(ブリュッセル王立美術館蔵)

少女の眼は正面に向かって見開かれ、小鳥のほうを見ていない。
(略)
その眼は小鳥の死を悲しんでいるのではない。呆然として涙も出ず、悲しむということさえもできない、ということなのか。
そうかもしれない。
しかし、呆然とした瞬間の表情としては、彼女のかたく結んだ口や、正面を見すえたまなざしは、あまりに真剣で、あまりに断固として、ほとんどその全存在を挙げて、何ものかに立ち向かっているように見える。
未知の何ものか、すなわち「死」に。
その眼が見つめているのは、死んだ小鳥ではなく、小鳥にあわられた「死」である。
(略)
少女の眼が問うていた問いへの答えがあきらかになったのだろうか。
(略)
物理学は、あるいは一般に科学は、全ての問いに答えていないし、おそらく答えることができないからである。
16世紀の少女は、成長しても答えを得なかったろう。

「ある少女の眼」(夕陽妄語:1994/6)より

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