加藤周一の「広義の文学概念」

 

鷲巣力さん

ジャーナリスト・鷲巣力さんに聞く

世界と人間の「全体的」理解に役立つ

 

 「言葉によって、ひとりの個としての自分の人間的な根源にいたり、そのように人間であることを綜合的、全体的に把握するために、人間は文学をつくり出す」と大江健三郎は言うが、人間を「全体的に把握」するためには文学概念の範疇を広くとったほうがいいと考え、「広義の文学概念」を主張したのが、戦後、日本を代表する評論家の故・加藤周一氏だった。加藤氏と交流を重ね、今回、生涯と著作を解説した『加藤周一を読む』(岩波書店)を出版したジャーナリストの鷲巣力さんに聞いた。

 

 

 

作品には精神、思想、社会、政治が表れる

 

 ――加藤周一氏(1919〜2008年)の大著『日本文学史序説』は、詩や小説だけでなく、哲学・歴史・宗教書も文学とする「広義の文学概念」を用いて書かれています。

 

 『日本文学史序説』は加藤さんの代表作であり、英語・ドイツ語・フランス語・イタリア語・ルーマニア語・中国語・韓国語の7言語に翻訳されています。そして、海外のジャパノロジー(日本学)の研究者にとって、必読の文献になっています。

 

 その理由は、小説や詩歌だけの「狭義の文学」を論じたわけではないからです。哲学・思想・宗教も、農民一揆の「檄文」さえも、文学として捉える。そうすると、「文学史」であると同時に「精神史」であり、「思想史」であり、「社会史」であり、「政治史」にもなります。つまり『日本文学史序説』は、広義の文学観に基づいて書かれているからこそ、世界に通用するのだと思います。

 

    

 

 ――『加藤周一を読む』には、カナダのブリティッシュ・コロンビア大学に准教授として赴任し、日本文学と日本美術を教えた時代(1960〜69年)に「日本文学史」の執筆を構想し、「ノート」をつくり始めた、と書かれていますね。

 

 ブリティッシュ・コロンビア大学で教えた10年間に、加藤さんは日本文学の原典を読んだうえで、「新井白石」「富永仲基」などの主題ごとに、日本語・英語・フランス語・ドイツ語、さらにラテン語を織り交ぜて、ノートに(ルーズリーフ型が多いのですが)きれいにまとめていました。ノートの総枚数は1万枚を超えるでしょう。ノートには日本古典文学の日本語や漢文が西洋語に翻訳されています。

 

 学生に講義するのに、英語やドイツ語に訳しておいたほうが便利だという理由もあったでしょうが、それは小さな理由に過ぎません。

 

 日本文学を外国語に翻訳した主な理由は、外国文学、あるいは外国文化の文脈の中で日本文学を理解することにあった。言語と文化は密接に結び付いているからです。

 

 例えば、道元の著書をドイツ語訳にすることは、「ドイツ語」の文脈、あるいは「ドイツ文化」の文脈の中で道元を理解することを意味します。だからこそ、外国人が『日本文学史序説』をジャパノロジーの入門書、もしくは必読書として位置付けるのだと思います。

 

 

世の中の事象はすべてつながっている

 

 ――日本では、多くの人が文学とは、詩や小説などと考えていますが。

 

 日本人が考えている「文学概念」の基本は、19世紀のイギリスですから、どうしても小説が中心になります。

 

 しかし、世界的な視野の下で考えれば、必ずしも小説すなわち文学ではありません。フランスでは、デカルトやパスカルは文学として理解されます。加藤さんは、そういう広い文学観を早くから身に付けていました。

 

 それは高校時代からフランス文学を一所懸命に勉強していたことも関係していますが、社会的、政治的関心の強かった加藤さんにとっては、文学の概念を広くとったほうが、いろいろなことがよく分かると考えたからでしょう。必ずしもフランスに留学中(1951〜55年)に「広義の文学概念」を取得したわけではありません。フランス留学中に、その意味を確認したのだと思います。

 

    

 

 ――「全体」に対する強い関心があるから、概念を広義に捉える……。

 

 ある領域しか関心がない人は、自分の関心領域だけを研究するわけです。しかし、加藤さんは、森羅万象に関心を抱いています。晩年になるまで好奇心はきわめて旺盛でした。どうでもよいようなことにも「これはいったい何だろう?」としばしば言っていました。しかも、世の中の事象は、普通、個々ばらばらにあるわけではないですから、森羅万象に好奇心を羽ばたかせれば、おのずと「それは、すべてつながっている」と理解するようになります。こうして加藤さんの発想やものの考え方は、全体的理解に向かっていったと思うのです。

 

 

詩、小説だけでなく哲学・歴史・宗教書も

 

 ――日本では、小説の多くが日常身辺のことを題材にしています。

 

 世の中や人生は面白いことにあふれています。身辺で起きた、面白い事柄や現象を鋭い感覚で捉え、それをたくみな文章で表現するというのが、多くの作家がやっている仕事だと思います。

 

 しかし、加藤さんに言わせれば、日常の身辺雑記を書くことは、紀貫之の『土佐日記』から江戸の俳文を通って、近代の「自然主義文学」にまで連綿としてつながっている。鋭い感性でたくみに書かれていますから、それはそれで捨てがたい味があるとは思いますが、文学をそこだけに限定していたのでは貧しい文学になりかねません。

 

 空海や道元、新井白石や荻生徂徠などを文学の範疇で捉えれば、哲学や歴史、宗教書までも文学に含まれることになり、日本文学が豊かなものになる、と加藤さんは考えています。

 

     

 

 ――医学博士でもある加藤氏は科学に関心を持ちながら、作家として生涯、文学や芸術を大切にしました。

 

 科学の方法と文学の方法というのは、ある意味では、正反対な性質を備えていますね。その両方を備えていたのが加藤さんです。

 

 一方、科学はすべてのことを解明できるわけではない、という意識もありましたが、文学は人間を全体的に理解するという点で有効な方法だ、と考えていました。

 

 加藤さんは芸術も文学も好きでしたが、文学も芸術もひとつの「作品」としてつくられる。その作品を通して人間の全体的な理解に到達するはずだと考えていました。文学を広く捉えることは、文学を書く人にも、文学を読む人にも、世界および人間を理解するために有効だと考えていたに違いありません。

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